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April 24 早々に本丸へ去る2006年4月20日に
気象庁精密地震観測室松代地震センター主催の
施設見学会に参加してきた。
目的は言わずと知れた、
松代大本営
の通常非公開部分に入れるからである。
苦節27年!?小学校2年生の時に、家族旅行で現地を見学して以来、
扉の向こうには何が?
と思い続け、いよいよその扉の向こう側へ入れる時が来たのだ。 先ず、現在は地震観測室であるから、そのセミナーがあり、
そちらが終了して、いよいよ未公開部分の見学である。
先ずは天皇御座所の見学から。
ここは、建物の外部から、いつでも覗けるようになっているのだが、
今回は入室する事が出来た。
そしていよいよ、入りたくとも入れなかった「地下御殿」
(そのように、説明書きがしてある。)に入室である。
小坑道を下り、通常はここで行き止まりの「扉」がついに開いた。
入ったところが、???
まあ気象庁が跡地利用しただけに、どんなもんかと思ってはいたが…。
しかしながら、コンクリートにてしっかりと覆われており、
内に部屋を拵えれば、立派な天皇・皇后地下避難所である。
そして、建物外部へ回り、いよいよ大坑道へ入室である。
実は、ここへは小学校2年生の時から数えて、今回で4回目。
なのである。
ゆえに、行き止まりの扉までは地下坑道を通った事もあったため、
てっきりこの舞鶴山の大本営は、ほとんどが完成し、
コンクリートもしっかり打ってあるものと思っていたのだが…。
大坑道へ入室して、それも思い込みであった事がわかった。
ほとんど素掘りのままなのである。
説明によると、地震計を入れるにあたり、天井や床、柱を新たに
補強したとの事。
また、地震計だけに水平な場所に設置しなければならないが、
坑道には傾斜がついており、新たに掘りなおして水平にした。
とのことであった。
しかしながら、計器が設置されている付近は、壁も天井もコンクリートが
打ち付けてあり、しかもところどころ剥落していたのだが、これは当時のもの。
との事で、さらに横坑道(明かりは設置されていない)を懐中電灯で照らすと
扉があり、既に部屋として使用できるような状態にまで出来上がっていた?
様子が伺えた。
そして、地震計を見学して、外へ出て解散。となった。
折角来たので、象山地下壕も(こちらも今回で4回目)見学して
帰宅の途に着いたのであった。
戦跡めぐりを始めるにあたり、今回の
舞鶴山地下壕
が実はメインイベントだったのだ。
なにせ、30年近くも入りたくとも入れなかった場所なのである。
それにしても、どうしてこんなにも自分をひきつけるのかが
疑問であったのだが、今回は職場の同僚が同行したのだが、
その同僚の一言で答えが出た。
秘密基地を見たねぇ~
そうなのだ。
いつまでも子供じみてはいるが、ここに秘密基地があったのである。
その秘密基地にずーっと惹かれ続けていた事に、今回ようやく気づいた。
相変わらず下手な写真ではあるが…。
書き終えてみて、こんなでは松代大本営がどんなところか
解らないと思うので、自分が参考にした本を掲示しておく。
講談社現代新書1209
日垣 隆 著
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